大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)36号 判決

名古屋市北区志賀町五丁目四八番地

上告人

鈴木政之

右訴訟代理人弁護士

大橋茂美

村橋泰志

名古屋市北区金作町四丁目一番地

被上告人

名古屋北税務署長 中野長夫

右指定代理人

平塚慶明

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四三年(行コ)第九号所得税等に対する裁決取消請求事件について、同裁判所が昭和四六年二月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大橋茂美、同村橋泰志の上告理由について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて正当として是認することができ、その課程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(昭和四六年(行ツ)第三六号 上告人 鈴木政之)

上告代理大橋茂美、同村橋泰志の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反ないしは法令適用の誤りがあるから、破棄を免がれない。

一、原判決の認定した事実によれば、上告人が宅地建物取引業を開始した時期は昭和三五年一月下旬頃からで、その当時から上告人は訴外嶋田雄典と共同して不動産取引業を営業としていたというのであるけれども、まずこの点がいちぢるしい事実誤認である。

上告人は、すでに一審以来一貫して主張するとおり、昭和三五年四月一五日までは税務職員として毎日税務署に出勤していたのであるから、すくなくともこの在職中は、将来退職した場合に備えて不動産取引業のもくろみまたは準備をしていたというのならともかく、これを営業として実行していたというのは、それ自体不可解であり、第一そのようなことを、税務当局が黙過するはずがない。この点について、第一審証人嶋田雄典はあたかも当時上告人と共同して不動産取引業をしていたような証言をしているが、同人は国税公売等のいわゆるブローカーであり、国税局職員にたいして迎合的な証言をしているので、その証言は信用できないものであるが、原審が、同人の証言を重要な根拠にして右のように上告人の営業開始時期を認定したことは、一般の採証法則に違反するものと考えざるをえない。

いずれにしても、上告人が不動産取引業を開始したのは、同人が税務署を退職した右四月一五日から常識上当然に考えられる若干の準備期間を経過した昭和三五年六月頃以後であるから、これより以前に上告人が営業をはじめたことを前提にして、種々昭和三五年度前半または中期の事業所得の存在を合理化し、その収入額を無理に算出するのは問題である。

たとえば、昭和三五年四月より六月頃までの間における上告人の仲介手数料等の営業収入は皆無であるが、原判決では、すでにこうした収入があつたとしているのである。しかし、ほとんど素人の上告人がその時期にこうした収入をあげること自体が不自然ではないだろうか。

事実は、たとえば上告人の主張するとおり、原判決によつて上告人の所得の原因とされている訴外荻須と同大野被服の売買は、大須不動産の斡旋仲介によるもので、上告人が仲介手数料をとりうるようなものではないし、また、春日井市庄名町堤下の土地問題は、本来上告人と訴外伊藤とが共同で買受けていた土地について、後日実際の持分割合にしたがい登記手続したまでであるから、この登記の時点でとくべつに上告人が伊藤から譲度代金を受取つたものではない。さらにまた、新田のびから手付金の雑収入を上告人が受取つた事実もない。

このようにして、まず最初に原判決が上告人の不動産取引業開始の時期の認定を誤つたことから、昭和三五年度における上告人およびその関係者の行為についての誤解に発展し、結局上告人の、存在しない事業収益の推認を招来することになつたのである。もし端的に上告人の営業開始時を昭和三五年六月頃とみたならば、上告人の主張が十分に説得性のあることを認めざるをえないであろうが、不幸にして原判決は、この点に重大な誤謬を冒し、そのため、所得のない上告人に違法不当な課税がされることを容認したのである。

すなわち、原判決はこの点で経険則および採証法則に違背している。

二、つぎに、原判決は上告人の必要経費に関する主張を全面的に否定しているが、一〇年近い以前における微細な出費のひとつひとつを文書で証明することは至難のわざであり、当事者に争いのない金額以上の一切の経費について明確な書面による立証を必要とするならば、それは不可能である。

しかし、開業まもない上告人が営業収益に比して所要経費が多かつたであろうことは想像に難くないし、開業当初は赤字であつたとしても不思議はない。

経験則上相当な経費は、たとえ明細な領収書、記帳等の証拠がなくても認めるべきであり、その点原判決の認定はやや形式的に過ぎるようである。

また、昭和三六年分の所得額も実際以上の高額に認定されており、その結果として、まつたく計数上の課税所得が算出されることになつたのである。

三、原判決は、上告人の昭和三五年分所得に関して重加算税を賦課した被上告人の処分を肯定したが、これは、上告人として到底承服できないところである。

なるほど重加算税は、刑罰ではなくて行政上の措置のひとつであるが、しかし、その実質は、明らかに納税義務に違反した者にたいする強力な制裁であり、その賦課額からみれば、むしろ罰金などの刑罰以上の苛酷な処分である事実を否定できない。したがつて、重加算税の適用については、刑事制裁が加えられる場合と同等程度の厳格さと慎重さが要求されるのである。

これを上告人の本件についていえば、上告人がもと税務職員であつたこと、訴外長谷川の依頼による不正な脱税工作をし、工作手数料を受け取つたことが、上告人に対して重加算税を課する重要な理由になつている。そして、一応上告人にも不正を疑わせる行為があつたことも認めないわけにはいかない。

しかし、「疑わしきは罰せず」の原則によるならば、まだそのことだけは、上告人が自己の所得を故意に隠ぺいしたと断定するのは早計であり、さらに深く事態の真相と経過を観察する必要がある。

そうすると、上告人は、これも一審以来主張するとおり右工作手数料として訴外長谷川から受領した金二〇〇万円を所得に含めて計算しても、昭和三五年度はかなりの赤字を生じており、所得がない以上申告の義務もないと信じていたと主張している。仮りにこの点が虚偽であるとしても、もともとこの工作手数料収入が被上告人側に判明したのは、調査の段階で、これを上告人が自発的に説明したからであり、もし上告人が説明しなかつたとすれば、おそらく今日まで、工作手数料収入の点は明らかにならなかつたであろう。

上告人が工作手数料収入を故意に隠ぺいしようとする意図であつたなら、どうしてこのように自発的に陳述するであろうか。

これにたいして、被上告人側は、上告人に対する当初の課税処分では、ぼう大な荒唐無稽ともいえる金額を出していたので、異議を受けて当然取消さざるをえなかつたところ、あたかも報復的に、右調査の段階で任意陳述した上告人の工作手数料収入について陳述を唯一の資料として、はじめ二〇〇百万円、後に倍額の四〇〇万円の工作手数料収入につき、上告人が仮装隠ぺいしていると主張するに至つたのである。

なお、右工作手数料が二〇〇万円であるか、四〇〇万円であるかは原審の最も重要な争点であつたが、原判決が、これに関する判断を回避したのも意外であつた。

このように、本件課税処分と不服手続の経過を細密冷静に眺めたならば、上告人に、所論のような故意があつたとは考えられないのであり、その意味で、本件について重加算税の賦課を安易に許容した原判決は、旧所得税法第五七条の適用を誤つたものといわざるをえない。

四、原判決が援用して事実認定の基礎にした被上告人提出の各書証とくに国税局担当職員作成の質問応答書、意見聴取書等のほとんどが、本訴提起後に急拠作成または収集されたものばかりである点も、異常な現象として注目される。

むろん証拠能力の制限がない税務訴訟で、訴訟中の段階で作成、収集された証拠、資料が採証の基礎にされることを一切否定することはできないが、本件のように、被上告人側の主張を裏付ける証拠のほとんどが、すべて上告人の主張を反駁するために訴訟提起後に作成または収集されたものであることは、いかにも不自然で奇異の感をあたえる。

争点主義によらない従来の税務訴訟手続では、口頭弁論の終結時までの間に随時主張および立証を追加することができるため、豊富な組織と権力をもつ税務当局側が、自己の主張を維持するため、訴訟提起後も積極的に有利な証拠を収集し、供述調書を作成する例が多い。しかし、このように係争中に一方の当事者が、その主張を維持する目的で作成された供述書等の証拠が客観性に乏しく、信用性の保障がないことは周知の事実である。

本件で原判決は、このような訴訟提起後に被上告人側で作成された乙第二ないし第五、第一三、第一五、第一六号証等を根拠にして、上告人の第一審における供述を信用できないと断定しているが、上告人側の反対尋問の機会もなく、ただ上告人を屈服させるために作成されたこれらの書証を、安易に信用することはきわめて危険であり、また、直接主義、口頭主義の要請にも反する。

その意味で、明らかに原判決は、採証法則に反する重大な法令違背を冒しており、その結果、判決の結論にも誤つた影響をあたえることになつたものと断ぜざるをえない。

よつて、原判決は破棄せられるべきものである。

以上

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